大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 平成7年(ワ)1175号 判決 1997年11月21日

原告

甲野太郎

被告

株式会社中國新聞社

右代表者代表取締役

山本治朗

被告

乙野次郎

右両名訴訟代理人弁護士

河原和郎

主文

一  被告株式会社中國新聞社は原告に対し、三〇万円及びこれに対する平成八年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告株式会社中國新聞社の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは原告に対し、各自六〇〇万円及びこれに対する平成八年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告株式会社中國新聞社(以下「被告会社」という。)の社員である被告乙野次郎(以下「被告乙野」という。)が、報道担当記者として、被告会社発行の新聞に掲載した記事が原告の名誉を毀損しているとして、原告が被告会社及び被告乙野に対し、各自不法行為に基づく慰謝料六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠等によって認定した前提事実

1  本件記事

被告会社の発行する「中國新聞」紙の平成六年一〇月一九日付け朝刊紙面に、別紙のとおり記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は、「車に監禁、刺す」との大見出しのもとに「覚せい剤持つ2人逮捕」という小見出しを付した三段抜き(一部)の記事で、原告外一名の被疑者の顔写真も掲載されている(甲一参照)。

本件記事の大要は、最初に、原告が中学校教諭を車に監禁したうえナイフで刺して同人にけがをさせたという内容の監禁傷害の疑いで逮捕されたが、逮捕時に覚せい剤を所持していたとして、原告と一緒にいた原告の知人の三三歳の男性を覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕したと概要を説明した上、次に、①調べでは、右監禁傷害の内容は、原告が、自分の車の後ろを走っていた二四歳の中学校教諭の車を停止させて、短銃のようなものを突き付けて自分の車に乗るよう脅迫し、約三〇〇メートル離れた場所で同人を降ろし、持っていたナイフで同人の右手を刺して三週間のけがを負わせた疑い、②警察は、右中学校教諭の被害届などをもとに、捜査し、原告及び原告知人の男性を見つけたが、その際二人はそれぞれ一グラム以下の覚せい剤入りの袋を所持していた疑いと、原告の被疑事実の内容を二つに分けて詳しく説明し、最後に、「調べに対し、甲野容疑者は『後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹が立った』などと供述している、という。」と、締めくくっているというものである。

2  被告乙野は、本件記事が掲載された当時、被告会社の報道部長の地位にあった者である(乙一)。

3  原告は、平成六年一〇月一七日午後一一時五五分、監禁致傷、銃刀法容疑で通常逮捕され、翌一八日午前零時四〇分、逮捕時に持っていた覚せい剤につき覚せい剤取締法違反(所持)で現行犯逮捕され、同月一九日、広島地検へ右各罪で送致され、同年一一月一一日、覚せい剤使用で広島地検に送致され、同年一二月五日、覚せい剤譲渡で広島地検に送致され、その後、広島地方裁判所に、覚せい剤所持、使用及び譲渡の罪で起訴され、平成八年三月二一日、有罪判決を受けた。しかし、監禁致傷については、結局起訴されずに終わった(広島県広島東警察署に対する調査嘱託の回答、原告本人)。

三  争点(以下の争点のうち、(抗弁)と記載されたもの以外は請求原因についての争点である。)

1  本件記事は原告の名誉を毀損し、本件記事の掲載が不法行為となるか。

2  本件記事の真実性等

(一) 被告らの主張(抗弁)

本件記事は、原告が逮捕された事実及びその被疑事実の具体的内容及びその関連事実を報道したものであり、本件記事の掲載は公共の利害に関する事実をもっぱら公益を図る目的でなしたものであり、かつ、その報道内容は真実である。

(二) 原告の反論

(1) 「車に監禁、刺す」との大々的な見出しに顔写真まで載せて、原告があたかも真犯人であるかのごとく報道したことは、真実でないことを報道したものである。

(2) 原告が、警察の調べに対し、「後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹が立った」などと供述しているという、と報道し、原告が自白したかのごとく報道しているのは、真実でないことを報道したものである。

(三) 被告らの再反論

(1) 「車に監禁、刺す」との見出し部分は本文を読めば、逮捕事実を見出しとして書いたことが読者には一目瞭然であるから、真犯人として報道したものということはできない。

(2) 警察発表の際、被告会社の警察担当記者が監禁致傷の動機について質問したところ、記者に対応した警察の者は、原告が中学校教諭に付けられていたと思い腹を立てたと返答し、「シャブでもやって、被害妄想でやったんだろう。」とも発言したことから、担当記者は、「甲野容疑者は、後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹を立てたらしい。」との記事原稿を書いて、電話送信で、被告会社に送信した。右原稿を読んだ報道部県警本部詰め記者は、「らしい」という表現から、その内容が被疑者本人の口からでた表現と思えたところから、「らしい」を「供述している」との表現にあらためて報道部に原稿を送り、これが最終原稿として出稿され、新聞紙面に出たものである。表現を改める時点で担当記者もしくは警察の担当部署に確認したはずである。

本件の被疑事実の性格・態様及び警察発表の内容からして、表現を改めたことに故意・過失はない。

3  被告乙野の責任

原告は被告乙野は、本件記事の報道担当者であるから、不法行為に基づく損害賠償責任を負うべきであると主張する。

4  損害額

原告は、本件記事の掲載によって、六〇〇万円相当の精神的損害を被ったと主張する。

第三  当裁判所の判断

一  名誉毀損の不法行為の成立

1  新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、成立する。

2  そこで、本件記事を全体としてみるに、本件記事は、原告の逮捕の事実及びその具体的被疑事実並びにこれらに関連する事実を内容とするものであるから、本件記事は被告の社会的評価を低下させるものであって、原告に対する名誉毀損の不法行為が成立するということができる。

なお、本件記事には、前記のとおり、逮捕の事実及びその具体的被疑事実に加え、犯行の動機について原告が供述していること及びその具体的内容が記載されているが、犯行の動機を供述しているとの記載は、その被疑事実の内容及び逮捕の事実と併せてこれを読めば、その被疑事実が単なる疑いに留まらず、真実であるとの印象を一般的読者に与えるものであり、その意味において、単なる逮捕の事実及びその具体的被疑事実の内容の報道に比べ、被疑者の社会的評価を更に低下させるものと評価できる。

二  本件記事の真実性について

1  事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が強行の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解されている。

2(一)  そこで、本件記事を見るに、本件記事は、公訴提起前の犯罪行為に関するものであるから、公共の利害に関する事実に当たると認められ、かつ、その内容及び表現並びに新聞社の報道の社会的公共性に照らし、本件記事の掲載は専ら公益を図る目的にあったと推認でき、右認定に反する証拠はない。

(二)  次に、原告は、①「車に監禁、刺す」との記事は、原告があたかも真犯人であるかのごとく報道したものである、②原告が、警察の調べに対し、「後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹が立った」などと供述しているという、と報道し、原告が自白したかのごとく報道しているとして、いずれも、真実でないことを報道したものであると主張するので、本件記事の右部分について、真実であることの証明の有無ないし真実であると信じるについての相当の理由の有無について検討する。

(1) 前記のとおり、本件記事の大見出しは、「車に監禁、刺す」というものであり、右大見出し部分のみを取り上げれば、原告が監禁致傷罪を犯したと断定しているものとも読み得るが、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、右大見出し部分は、本文記載の原告の被疑事実の要旨を記載したものであると判断するのが通常の読み方であると解される。

そして、前記のとおり、原告は監禁致傷で逮捕されたものであり、広島県広島東警察署に対する調査嘱託の回答結果によれば、広島県広島東警察署において、警察発表の際、警察が記者に対し発表した監禁致傷の被疑事実の内容は、「被疑者は、平成六年九月二九日午後八時五七分ころ、広島市東区鏡が丘団地において、乗用車を運転中のAさんの車を停車させ、Aさんにけん銃様のものを突き付けて下車させたうえ、近くに停めていた乗用車にAさんを乗車させて監禁し、約三〇〇メートル離れた同団地内の別の場所まで走行し、同所でAさんを下車させて、所持していたナイフでAさんの右手甲を突き刺し、三週間の加療を要する傷害を与えたものである。」というものであると認められるから、「車に監禁、刺す」との要旨の被疑事実で原告が逮捕されたことは、その限りにおいては真実であるということができる。

そうすると、右の大見出しの記載の点については違法性がないと評価できる。

(2) 次に、「調べに対し、甲野容疑者は『後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹が立った』などと供述している、という。」との記載の真実性について検討するに、本件全証拠を検討しても、原告が、右供述をしていたと認めるに足りる証拠はなく、右記載が真実であると認めることはできない。

そこで、右事実を真実と信じるについて相当の理由があったか否かについて検討する。被告は、警察発表の際、被告会社の警察担当記者が監禁致傷の動機について質問したところ、記者に対応した警察の者は、原告が中学校教諭に付けられていたと思い腹を立てたと返答し、「シャブでもやって、被害妄想でやったんだろう。」とも発言したと主張し、右主張に沿う被告乙野作成の弁明書(乙一)、被告会社報道部デスク石田憲二作成の報告書(乙三)及び取材記者作成のメモ(乙二)はあるが、右各書証はいずれも作成者に対する反対尋問を経ていない上、全二者は直接警察に取材した者でないことや、広島県広島東警察署に対する調査嘱託に対し、同署長は、警察発表の際、監禁致傷の犯行の動機は「追求予定」として発表していないと回答していることからすると、担当記者が監禁致傷の動機についての質問に対し、警察が、原告が中学校教諭に付けられていたと思い腹を立てたと返答したり、「シャブでもやって、被害妄想でやったんだろう。」と発言したと認めることはできない。また、最終原稿として出稿される前に、担当記者もしくは警察の担当部署に確認したとの主張についても、右主張に沿う前記乙第一、第二号証はあるが、いずれも反対尋問を経ていない上、その内容も確認したと考えられるというに留まるものであるから、これをもって、確認したと認めることはできない。

そうすると、原告が前記の供述をしていたことが真実であると信じるについて相当な理由があったということはできない。

(三)  なお、(二)で検討した以外の本件記事については、証拠(広島県広島東警察署に対する調査嘱託の回答結果)によれは、真実であると認めることができるか、それが真実であると信じたことについて相当の理由があったと認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(四)  よって、原告は、監禁致傷の被疑事実について、「後ろを走っていたAさんの車がつけてきたと思い、腹が立った」と動機を供述しているとの真実でない報道によって、あたかも、原告が監禁致傷の被疑事実について自白しており、右被疑事実が、単なる疑いや被疑事実であるに留まらず、真実であるかのごときように読者に印象づける記事により、その名誉を毀損されたと評価できる。

三  被告乙野の損害賠償責任について

原告は、被告乙野が本件記事の報道担当記者であるから、不法行為に基づき損害賠償義務を負うと主張するが、被告乙野は、報道部長ではあったが、本件記事の原稿の作成に関与しておらず、本件記事の報道担当記者ということはできず、他に、原告は被告乙野の不法行為についての具体的な主張はしていないから、被告乙野に対し、本件記事の掲載による名誉毀損の不法行為責任を問うことはできない。

なお、被告乙野作成の弁明書(乙一)には、被告乙野は、紙面に掲載された記事についての最終責任を負う立場にあったとの記載があるが、右は、被告会社に対し、掲載記事の原稿を作成した記者に対する監督責任があるとの趣旨に留まると解されるから、右記載をもって、被告乙野の不法行為責任を認めることはできない。

四  損害額

前記二2で認定した本件記事のうち、真実性の証明ないし真実であると信じるについて相当な理由があることの証明ができなかった部分は、その他の部分と併せて読むことによって、原告の社会的評価を低下させるということができるものであることや、右その他の部分については、違法性、故意ないし過失が認められないことからすると、本件記事により、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、三〇万円をもって相当と認める。

五  よって、原告の本訴請求は主文掲記の限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないことからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官白神恵子)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例